ようへいスタイル

人生の儚さ・命の尊さ・健康の大切さ。

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こんにちは、1週間ぐらい前からカナダから日本に帰って来たようへいです。

 

日本へ帰って来た理由は、「父親の看病の為

膵臓癌という病気を2016年の7月に患ってから、闘病生活を強いられたのです。

その間に、急性心筋梗塞の恐れもあるとうことが、検査をしているうちにわかり、

 

8月に心臓の緊急手術。

9月に膵臓癌の摘出手術。

さらに、2日後には、肝臓に合併症が発生しているので、さらなる緊急手術。

 

 

とりあえず、11月には落ち着いて、回復傾向に向かったかなと思われたのですが、あまり思わしくなかった。

で、とりあえず、今は毎日病院に通っています。

 

先生の話を聞く限りでは、次の3月の誕生日を迎えられるかどうかすらも怪しい状況。父が病気を患って、手術をする事になってから、色々と考えさせられた。

 

「人生の儚さ」

「命の尊さ」

「健康の大切さ」など。

 

そして、「なぜ人は死ぬのか。」

平均的に生きたとして、自分にも50年後には訪れる「死」。
結局は、人間なんかが考えてもわからないことだらけで、しっくりとした答えが出せない。

 

とりあえず、できる限りの親孝行をしようと思う。

とはいえ、父に対しては、もうできることは限られてきた。

毎日顔を見に行ったり、ちょっとした食べ物を買って行ったり。

 

「いつまでもあると思うな親と金」

この言葉を痛いほど、痛感する。

振り返れば、父に対して親孝行らしいことを何一つしていない。

 

高校・大学と電気・電子工学の学びの機会を与えられ、それなりに大きな企業でも務めることができ、紆余曲折はあったが、今はカナダに在住することができている。

それもこれも、一生懸命働き続け、支えてくれた父のおかげ。

 

父が唯一ぼくに教えてくれたことは「良い習慣ををつけろ」と。

在り来たりだが、習慣を身につける大切さを諭してくれた。

今も人生の様々な場面で生きている。

 

父は、ぼくへの教育には一切口出しをしなかったので、おかげで自由にいきてこれたし、固定概念や常識に囚われずに生きることができた。

 

母はまだ元気でなので、母に対しては出来ることは多い。

親孝行にも色々とあると思うけれども、とりあえず母や父が喜んでくれれば、それで良い。

 

母は銀座の千疋屋のフルーツサンドが好きなようなので、それをできる限り買ってあげたい。

父は病室だけれども、とりあえず食事はできるので望むものを食べさせてあげたい。

 

ぼく自身も残された人生の短さを感じた。

人生は短い。

その間に何かすこしでも多くの事をしたい。

 

そして儚いからこそ、人生は楽しいのかもしれない。