思うこと

【人生の転機】ぼくの友達は17歳の時に殺人事件に巻き込まれて死んだ。

「Mくんが死んだから、葬儀が行われる。」

 

17歳。人生の中でもっとも、活動的で感受性が豊かな時。

ぼくの友達は生涯に幕を閉じる事となった。

 

不幸にも、殺人事件に巻き込まれたから。

 

 

 

 

友達は殺人事件に巻き込まれて死んだ。

「友達の葬儀に行く。」

当時高校生のぼくは親に告げると、なんとも不思議そうな顔をしていた。

新聞の3面にも掲載されていた事件、それを指差した。

 

その友達とは、中学生の頃に休み時間になると、バスケに明け暮れた。

当時は、バスケに夢中になっていて、時間があればずっとバスケで遊んでいた。

 

そんな友達とは、中学を卒業すると同時に、別々の高校へ。

それから、会う頻度が極端に減ってしまった。

まぁ、よくあることだろう。

 

友達が死んだ、ぼくは人生が少し分からなくなった。

いつの間にかその友達は、いかがわしい輩と交流するようになっていたらしい。

いわゆる、ヤンキーとか、不良とか、暴走族とかそっち系の部類の人たち。

 

別に友達がだれと交流しようが自由だから、特に気にしていなかった。

高校2年生の、とある日、電話でその友人からお金を貸してくれ!

っと言われて以来、特に連絡を取っていなかった。

 

もちろん、お金は貸していないのだが、人に金を借りるほど何か困っているのか?

と疑問だった。

 

程なくして、事件が勃発。

 

お金をが原因なのか。

だとすると、あの時にぼくはお金を貸してあげるべきだったのか?

それとも、別の原因なのか。

 

 

死んだ事は受け入れられる。それは、避けられたけれども起きてしまった事実。

しかし、人生の不条理を痛烈に感じた。

 

なぜだが、わからないけれども、

「友達の顔は安らかだった。」

 

ぼくもいつ、死ぬかわからない

ぼくは人生で1度だけ、死を感じた時がある。

22歳、車で高速道路を走っていたら、思いっきり車体がスピンした。

普通の直線だったが、雪道でスピードが出ていた。

 

幸いにも、大きな怪我はなかったし、今もこうして元気にメディア運営をしている。

でも、ほんと些細な事で死と隣合わせだった。

 

そういえば

26歳の時、左足を骨折して感覚が全くなくなった時も、死を意識した。

全く足が動かないから。

 

なぜか最近、「死」についてやたら考えさせられる。

なぜ、友達は17歳で死んだのだろうか?あまりにも、若すぎる。

そもそも何で、人間は死んでしまうのだろうか?

 

考えた事で解決するものではないのは百も承知だが。

 

生きてるだけで儲けものと、身にしみる30歳。

友達の分まで、精一杯生きようと思う。

 

最後まで読んで頂き有難うございます!

 

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