ようへいスタイル

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年間100回スノーボードをする仮想通貨男子のブログ

 

成田童夢の活躍が今も心に残っている件。

2006年トリノオリンピックの時に、「行くぞー!」っと高らかに宣言した成田童夢選手。当時はリアルタイムでテレビで観戦していましたが、めっちゃ気迫を感じた。 

 

 

結果的には奮わなかったけれども、1080の連続技や高いエアはマジやばかった・・・。

 

成田童夢とは?

成田童夢

 

元スノーボード選手、サブカルチャータレント。大阪市住之江区出身。血液型AB型。トリノオリンピック・スノーボードハーフパイプ日本代表。

 

アニメ、漫画、ゲーム、アイドル等の情報発信やMC、オタ芸師を主な活動範囲としている。また、舞台やショートムービーの俳優業も務め、マルチタレントとしても手広く活動中である。

成田童夢 - Wikipedia

 

ぼくのような30代以降のスノーボーダーは、成田童夢の印象はとても強いのではないでしょうか。今でこそ、当たり前のように1080の連続技がありますが、当時は超ウルトラ難易度が高い技だったんです。

 

そんな難しい技ですら、軽々とこなす成田童夢はまさにスーパースターでした。ちょっと痛い人という印象を持つ人もいると思いますが、普通の精神では馬鹿でかいハーフパイプをガツガツこなすのはまず無理だと思う。

 

経歴

2002年 3月 - 日本選手権(青森・鯵ヶ沢町) 優勝
2002年12月 - ワールドカップ(カナダ・ウィスラー) 優勝

2005年12月 - ワールドカップ(カナダ・ウィスラー) 優勝

2006年 2月 - オリンピック(イタリア・トリノ) 35位  

 

選手時代はかなり輝かしい戦績。

 

ちなみに、オリンピックでは振るわなかったけれども、

ジャッジの点数の付け方おかしくない?

って思った人はいると思います。

 

採点競技にこうした指摘はつきものなのが、残念なところ。オリンピックのハーフパイプが終わった後は必ずと言っていいほど、

あの採点は正しくなかった」っということが議論されます。

 

2018年の平昌の時も、平野歩夢が金メダルなはずじゃん?って議論が一部のメディアを中心に起こりました。結果的には平野選手は銀メダルでしたが、素晴らしい演技でした。

 

関連記事:2018年平昌オリンピックのハーフパイプでは、平野歩夢が金メダルを取ると思う理由

 

オリンピック出場のその後。

現在ではタレント業を中心に活動をされていて、持ち前にキャラクターとトーク力を生かしています。 

 

 

詳しくは知りませんが、オタク芸(?)っと言われるパフォーマンスで人気。自分で痛板(いたいた)っとう商標登録をしたりしているそうです。

 

実は、最近復帰していた。

入院中の画像

 

2018年の4月の大会で少しだけ復帰していましたが、すぐに怪我をしてしまいました。

腰椎骨折。。。めっちゃ痛そう。

 

「これはもう、昔スポーツやってたお父さんが息子の運動会で張り切って靭帯切るパターンと似てますね(^ω^;);););)(笑)」と、どこか自嘲気味に語りはじめる

成田童夢、出場大会で腰椎圧迫骨折し練習不足を反省「病院のベッドで動けない」 | AbemaTIMES

 

競技に本格的に復帰することはおそらく無いとは思いますが、成田童夢のような個性的な人がスノーボード業界にいると、盛り上がる気がします。

 

成田童夢の関連動画

 

2006年3月に白馬47のハーフパイプで撮影した成田童夢のハーフパイプランのビデオからトリックシーンだけを抜いて編集したモノです。

 

今から10年以上前のハーフパイプでのランの映像。少し雑ですが、サクッと1080を決めているのはまじすごい。ぼくは10年以上スノーボードしてますが、未だに出来ませんからね(笑)。

 

成田童夢に関する声

 

少し痛い人と思われているが、意外に良い人!っと言った声が多い。オリンピックで辛い思いをしたり、痛みを経験した人だからこそ人に優しくなれるのかもしれません。

 

成田童夢に関するまとめ

この記事を書いていたら、昔が妙に懐かしくなりました。

一握りの人しか出れない、

「オリンピックに出場→大バッシング→数年後選手を引退→タレント業」

っという時代の流れを感じずにはいられなくなりました。ブルドーザーのようなどんな荒れたパイプでもガツガツ滑る姿が印象的だった。

 

またいつか雪上復帰するのかな。その時は、痛板のパフォーマンスが放たれるかも(?)

 

関連記事:成田緑夢が練習中に事故 ・足の切断?障害者だからこそ「あきらめないことの大切さ」を伝える。